No.55
2010/01/17 (Sun) 00:02:52
前日理子に叩かれた横っ面は、腫れる程ではないものの時々疼く。
あの後理子は何も言わないままさっさと弁当を仕舞い、一人教室へ戻ってしまった。非難がましい視線をくれながらも羽田と島野、木下もそれに続いて、残った日向は「あーあ」なんて呆れながらも、雑誌に戻った。佐久間はこれ見よがしな大きなため息をついて、それっきり。高塚だけは「うわー恥ずかしい奴ー」なんて一人居心地が悪そうにしていたけれど、すぐに何時も通りに戻った。唯一その態度が理解できた相手だった。
結局俺もその場の空気に耐え切れず、バスケを逃げ道にすぐに屋上を飛び出たのだが、頭にきたからと言って悪かったなと反省した。
だから、殴られた事自体納得はしてるのだ。
結果的にしつこい一年坊を退けられたんだしキス一つでそんなに怒る事ねぇだろ、と思った事は思ったけれども、だ。
確かにあのギャラリーの中、偽彼氏の俺に友人連中も前にしてキスされた理子が怒るのも分かる。あいつの好きな奴っていうのが誰なのかは知らないし、今後告白する気があるんだか無いんだかも分からないが、それが同じ学校の奴だったとしたら、そいつの耳に入るのも気の毒だし、ただでさえ注目されている状態でしでかした事だからまたすぐに噂になって、あいつを困らせる事もあるだろう。
その辺りは前科もある事だ。
全面的に俺が悪いのは認めるし、すぐさま送った「悪かった」なんて簡単な謝罪メールを無視されても仕方が無い。
ムカつくあの原島だとかという後輩を打ちのめしてやりたかっただけで、カッとなって暴挙に出たのは俺が悪い。
分かってる。
――分かっているのだが。
何でだか苛立って、自然仏頂面になってしまう。
朝練の間も無駄に機嫌が悪い俺に、チームメイトの誰も寄り付こうとしなかったし、教室に入ってもそうだった。
それでも時間が経てばそんな俺に慣れたのか、隣の席の友人・帰宅部が興味津々と話しかけてきた。
「お前昨日派手にやったらしいな」
からかう思惑がありありと分かる笑顔を見た瞬間、「うるせー」と返してしまう。机に突っ伏して無視する構えを見せても、帰宅部は口を閉じない。
「俺もその場に居たかったなー」
なんて、でかい声で言うものだから、他の友人らが寄ってきてしまう。
「ああ、昨日の話?」
「いやぁ、ほんと話題に事欠かないことで」
陸上部とサッカー部も俺の様子は無視して、3人で盛り上がりだす。
「キスでライバル黙らせて、挙句菅野さんに殴られるとか、マジうける」
「やっぱ人前でチューはなぁ……」
うるせーし、分かってるっつーんだ、そんな事は。
「女の子としては、やっぱキスは二人きりの時にってか?」
「少なくとも菅野さんはそうだろ」
付き合っている二人であれば、話は単純だが、俺と理子の場合はそうじゃないからな……どうせ何言っても黙らないだろう三人の話を耳に入れながら、心中で嘆息する。
本気で憂鬱だ。
「えー、私だったら人前でもいいなぁ」
などと思っていたら、今度は女の声が話に割って入った。
誰だ、と思ってちらりと腕の間から視線をやれば、その女と目が合った。
「私、高橋だったら何時でも大歓迎だけど。っていうか、逆に人前の方が嬉しい」
けばいという程でもないけど、それなりに派手な外見をしていて、いかにもな女子高生だ。二年に進級してクラスの女子とも話すようになってから、率先して寄って来る女。時々ふざけて俺の腕にからみついてきたり、「付き合って」なんて軽く言ってくるような事もあった。
どうでもいい、ともう一度顔を伏せる。
「お前と菅野さんは違うだろうよ」
「そうだけどー。でもモテる彼氏を持つ彼女としてはさ、他の子の牽制にもなるしー」
「お前にとってはキスの一つや二つ、だろうけど。菅野さんみたいな子は、」
「っていうか、あんたらどんだけ幻想持ってんの? キモいんだけど」
「キモいとか言うなや!」
「だって事実じゃん。菅野さんだってキスの一つや二つ既に経験済みなんだし。何も殴らなくってもさぁ!」
「うわ、やめろー。菅野さんは綺麗なままでいてー!」
帰宅部の悲鳴に、笑いが起こる。
「つうか、タケの彼女だっつうの」
その通りである。――って、何を頷いているんだか、俺は。
「でもタケ達はよくよくあれだよなぁ。放送ジャックの時から注目浴びちまってさ、マジ大変そう」
「昨日の奴も、アレだろ? 校門で菅野さんに告ったっていう……」
「原島な」
「あ、そっかサッカー部の後輩君じゃん」
「いや、でもアイツ、あれでもマジよマジ。部活中も俺に良くタケとの事聞いてきたりしてさ。言動は軽かったけど、「菅野さん今日元気なかった」とかさ、マジ良く見てんなぁって感心したもんオレ」
「いいなぁ、菅野さん。いい男周りに一杯いるのに、一年の有望株まで持ってかなくったって……」
「アレだけ綺麗だからなぁ」
「そうなんだけどー」
不満げな声の後、肩を叩かれて再度顔を上げる。
ものすごく近くに、陸上部のしたり顔。
「で、菅野さんと仲直りした?」
「……」
眉間が寄った俺を見て悟ったのだろう、陸上部が声を上げて笑う。
「ざまーみろっ!」
理子に熱を上げていた帰宅部の言動には、無言のまま蹴りを入れた。
「何で俺ばっかり!!」
って、
「お前はそういうキャラだから仕方ないだろ」
と突っ込む。
このまま話題が転換できそうだったので、俺は帰宅部をいじる事にした。
→NEXT
あの後理子は何も言わないままさっさと弁当を仕舞い、一人教室へ戻ってしまった。非難がましい視線をくれながらも羽田と島野、木下もそれに続いて、残った日向は「あーあ」なんて呆れながらも、雑誌に戻った。佐久間はこれ見よがしな大きなため息をついて、それっきり。高塚だけは「うわー恥ずかしい奴ー」なんて一人居心地が悪そうにしていたけれど、すぐに何時も通りに戻った。唯一その態度が理解できた相手だった。
結局俺もその場の空気に耐え切れず、バスケを逃げ道にすぐに屋上を飛び出たのだが、頭にきたからと言って悪かったなと反省した。
だから、殴られた事自体納得はしてるのだ。
結果的にしつこい一年坊を退けられたんだしキス一つでそんなに怒る事ねぇだろ、と思った事は思ったけれども、だ。
確かにあのギャラリーの中、偽彼氏の俺に友人連中も前にしてキスされた理子が怒るのも分かる。あいつの好きな奴っていうのが誰なのかは知らないし、今後告白する気があるんだか無いんだかも分からないが、それが同じ学校の奴だったとしたら、そいつの耳に入るのも気の毒だし、ただでさえ注目されている状態でしでかした事だからまたすぐに噂になって、あいつを困らせる事もあるだろう。
その辺りは前科もある事だ。
全面的に俺が悪いのは認めるし、すぐさま送った「悪かった」なんて簡単な謝罪メールを無視されても仕方が無い。
ムカつくあの原島だとかという後輩を打ちのめしてやりたかっただけで、カッとなって暴挙に出たのは俺が悪い。
分かってる。
――分かっているのだが。
何でだか苛立って、自然仏頂面になってしまう。
朝練の間も無駄に機嫌が悪い俺に、チームメイトの誰も寄り付こうとしなかったし、教室に入ってもそうだった。
それでも時間が経てばそんな俺に慣れたのか、隣の席の友人・帰宅部が興味津々と話しかけてきた。
「お前昨日派手にやったらしいな」
からかう思惑がありありと分かる笑顔を見た瞬間、「うるせー」と返してしまう。机に突っ伏して無視する構えを見せても、帰宅部は口を閉じない。
「俺もその場に居たかったなー」
なんて、でかい声で言うものだから、他の友人らが寄ってきてしまう。
「ああ、昨日の話?」
「いやぁ、ほんと話題に事欠かないことで」
陸上部とサッカー部も俺の様子は無視して、3人で盛り上がりだす。
「キスでライバル黙らせて、挙句菅野さんに殴られるとか、マジうける」
「やっぱ人前でチューはなぁ……」
うるせーし、分かってるっつーんだ、そんな事は。
「女の子としては、やっぱキスは二人きりの時にってか?」
「少なくとも菅野さんはそうだろ」
付き合っている二人であれば、話は単純だが、俺と理子の場合はそうじゃないからな……どうせ何言っても黙らないだろう三人の話を耳に入れながら、心中で嘆息する。
本気で憂鬱だ。
「えー、私だったら人前でもいいなぁ」
などと思っていたら、今度は女の声が話に割って入った。
誰だ、と思ってちらりと腕の間から視線をやれば、その女と目が合った。
「私、高橋だったら何時でも大歓迎だけど。っていうか、逆に人前の方が嬉しい」
けばいという程でもないけど、それなりに派手な外見をしていて、いかにもな女子高生だ。二年に進級してクラスの女子とも話すようになってから、率先して寄って来る女。時々ふざけて俺の腕にからみついてきたり、「付き合って」なんて軽く言ってくるような事もあった。
どうでもいい、ともう一度顔を伏せる。
「お前と菅野さんは違うだろうよ」
「そうだけどー。でもモテる彼氏を持つ彼女としてはさ、他の子の牽制にもなるしー」
「お前にとってはキスの一つや二つ、だろうけど。菅野さんみたいな子は、」
「っていうか、あんたらどんだけ幻想持ってんの? キモいんだけど」
「キモいとか言うなや!」
「だって事実じゃん。菅野さんだってキスの一つや二つ既に経験済みなんだし。何も殴らなくってもさぁ!」
「うわ、やめろー。菅野さんは綺麗なままでいてー!」
帰宅部の悲鳴に、笑いが起こる。
「つうか、タケの彼女だっつうの」
その通りである。――って、何を頷いているんだか、俺は。
「でもタケ達はよくよくあれだよなぁ。放送ジャックの時から注目浴びちまってさ、マジ大変そう」
「昨日の奴も、アレだろ? 校門で菅野さんに告ったっていう……」
「原島な」
「あ、そっかサッカー部の後輩君じゃん」
「いや、でもアイツ、あれでもマジよマジ。部活中も俺に良くタケとの事聞いてきたりしてさ。言動は軽かったけど、「菅野さん今日元気なかった」とかさ、マジ良く見てんなぁって感心したもんオレ」
「いいなぁ、菅野さん。いい男周りに一杯いるのに、一年の有望株まで持ってかなくったって……」
「アレだけ綺麗だからなぁ」
「そうなんだけどー」
不満げな声の後、肩を叩かれて再度顔を上げる。
ものすごく近くに、陸上部のしたり顔。
「で、菅野さんと仲直りした?」
「……」
眉間が寄った俺を見て悟ったのだろう、陸上部が声を上げて笑う。
「ざまーみろっ!」
理子に熱を上げていた帰宅部の言動には、無言のまま蹴りを入れた。
「何で俺ばっかり!!」
って、
「お前はそういうキャラだから仕方ないだろ」
と突っ込む。
このまま話題が転換できそうだったので、俺は帰宅部をいじる事にした。
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