No.58
2010/01/22 (Fri) 23:57:51
「――で?」
駅前のファミリーレストランは夕食時だからか、家族連れで賑わっていた。
席につくなり次々に料理を頼み、ドリンクバーから飲み物を持って来た後、不機嫌そうに眉間に皺を刻みながら、羽田が言う。
「何の用?」
煩わしそうに長い前髪を掻き揚げる姿が最近は馴染み深い女、羽田。以前切ってしまえばいい、と言った時には同じような不機嫌顔で舌打ちをされてしまった。
羽田の隣では同じように頼んだコーラを啜っている男、日向と、その向かい、俺の隣には佐久間。一番奥に、島野が座っている。
じとり、と睨まれて、視線を彷徨わせながらも話を摩り替える。
「っていうか、何でお前らまで……」
部活帰り、お手上げ状態の俺が声を掛けたのは羽田だけだった。ちょっと話が、と言えば面倒臭いとぼやきながらも、飯に付き合えと連れて来られたのがここ。何故だか当然のような顔をしてついて来た日向と、校門前でばったり出くわした島野と佐久間を羽田が引き止めて今に至る。島野が教室で待っているから、と着替えるなり矢のように部室を出て行った佐久間と、それを待っていた筈の島野。二人はきょとんと目を瞬かせながらも、素直について来た。
俺としては予想外。やりにくいことこの上ないのだが。
「え、だって……」
日向が何を今更、と言いたげに俺を見つめてくる。
「羽田とタケだけじゃ、変な噂になっても困るっしょ?」
友人思いの自分をアピールしながらも、その顔が楽しそうににやついているのだから意味が無い。俺の話なんていうのも大方予想がついているのだろう面々の中で、唯一日向だけが状況を楽しんでいる。
――否、羽田もか。
「それはそれで、ケツに火がついていいんじゃないの?」
「羽田、女の子がそんな汚い言い方……」
「今更じゃん」
意味不明な事を嘲笑混じりに言う羽田と、それを諌める佐久間を得心顔で頷いて眺めている島野といい、久し振りのメンツだな……などと明後日の事を考え出す俺を、ぎろり、と再度羽田が睨んできた。
「ドリンク取って来る」
と逃げるように席を立てば、何故か「へたれ」と呟かれてしまった。
席に戻るとポテトやらサラダやらが運ばれて来ていて、甲斐甲斐しく皆にそれを仕分けている佐久間と、さっそくポテトに齧りついている羽田が居た。
食欲が若干解消されたからか、幾分相好を緩めた羽田が、俺が席につくなり聞いてくる。
「それで、今度は何の相談?」
いちいち嫌味ったらしい女だ。
「……前の続きだけど、」
箸を伸ばしてポテトを皿に移したのは、放っておけば羽田が全て平らげてしまいそうだったからだ。
それに対してなのか、会話に対してなのか、羽田は小さく唸ってからソファに凭れかかった。
「マジで分かんないわけですよ。俺、どうしたらいいわけ?」
自然俯く顔が、隣の席の佐久間の腕時計を捉えた。時刻は21時調度。月曜9時は、昔なら姉の紀子が何時もドラマを見ていた。今は一人きり、静まり返ったマンションの部屋。自炊している家だから、当然家に帰った所で食事が用意されているわけでも無い。
「高橋はさぁ、どうなりたいわけー?」
「は?」
「だから、理子と」
止まらずにポテトをつまみ続ける羽田。あーんと開いた大口は女らしさの欠片も無い。
「どうって……だから、前みたいに友達としてだな、」
「じゃあキスなんてすんなよ」
「っあれは!!」
――理子に惚れている後輩を黙らせたくて、なんて理由で、してしまったこと。たかが、キス。されど、キス。笑って許してくれ、とは勿論言えない。言えないけれど。
「……悪かったと思ってる。でもやっちまった事は無かった事に出来ねぇだろ? でも普通に謝って許してくれねぇんじゃ、何か対策考えるしか無いしよ」
「その内許してくれるんじゃない?」
あっけらかんとした調子で口を挟む日向が、盛られたサラダに手を出す。部活帰りのこいつも、結構腹が減っていたと見える。メニューを眺めながら、うーんと唸る顔はこちらを見ない。
「許してくれなきゃそれまでで、いいじゃん」
「良くねーだろ」
「何で?」
今度は羽田。何でもくそも無いだろうって、顔を顰めれば、続くのは島野。
「高橋君、理子ちゃんと仲直りしたいの?」
あっちへいったりこっちへいったり、俺の視線は定まらない。
「だからそうだってっ」
「何で?」
またもや羽田の疑問が入る。
何でも何も。
「ダチだから」
当然の事だ。気安い友人、話すのが楽しい奴。バスケに興味を持っているらしいから、その手の会話も出来る。しっかりしてる、と見せてうっかりな所があったり、大人で物静かな印象のわりに、ガキみたいな面も目立つ。一を言えば十にして返される事も、面倒臭い性格も、しょうがないなと苦笑できる程度。
それに、
「一応、彼氏なわけだし」
演技の上の話ではあるが、せっかく外野を黙らせる方法を思いついたのに、「喧嘩別れしたらしい」なんて噂されていては意味が無いのだ。
「でも、所詮フリじゃん」
オーダーが決まったらしい日向はチャイムを押してから、俺に顔を向けて小首を傾げた。
「大体オレらって友達つってもお昼仲間なだけじゃん。 皆で遊んだのも数回あったけど、そんな程度で何時もつるんでる仲間じゃないし。電話もメールもするけど、所詮それぐらいで、生活の何パーセントかを占めてるだけだろ? サクと島野が別れたら、昼も遊びも無くなるわけだし」
「「別れません」」
無駄に揃った佐久間と島野の主張は綺麗に流される。
「女子共は煩わしいかもしれないけど、「別れました」で済む話じゃん。そこまでして理子さんと友達で居たい理由って何?」
「……いい奴じゃん。お前らだってそうだろ?」
「そうだけど。でもオレ的には、機嫌が直るまで待つけどね。そんでも駄目なら仕方ないかな、と」
うんうん頷いている羽田の手は止まらない。ポテトを食べ尽くして、タイミング良く運ばれて来た若鶏のから揚げへ手を伸ばす。
「クラスも別れたし。皆でお昼取るのも結構難しいしね。別に今後は今みたいに、別々で構わないんじゃない? そしたらアンタらの接点も更にないし、じゃあ、今友達関係解消されても別にねぇ……」
現状維持で畳み掛けに入る二人が、何とも苛立たしい。
それが嫌だから、相談してるんだつーの!!
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駅前のファミリーレストランは夕食時だからか、家族連れで賑わっていた。
席につくなり次々に料理を頼み、ドリンクバーから飲み物を持って来た後、不機嫌そうに眉間に皺を刻みながら、羽田が言う。
「何の用?」
煩わしそうに長い前髪を掻き揚げる姿が最近は馴染み深い女、羽田。以前切ってしまえばいい、と言った時には同じような不機嫌顔で舌打ちをされてしまった。
羽田の隣では同じように頼んだコーラを啜っている男、日向と、その向かい、俺の隣には佐久間。一番奥に、島野が座っている。
じとり、と睨まれて、視線を彷徨わせながらも話を摩り替える。
「っていうか、何でお前らまで……」
部活帰り、お手上げ状態の俺が声を掛けたのは羽田だけだった。ちょっと話が、と言えば面倒臭いとぼやきながらも、飯に付き合えと連れて来られたのがここ。何故だか当然のような顔をしてついて来た日向と、校門前でばったり出くわした島野と佐久間を羽田が引き止めて今に至る。島野が教室で待っているから、と着替えるなり矢のように部室を出て行った佐久間と、それを待っていた筈の島野。二人はきょとんと目を瞬かせながらも、素直について来た。
俺としては予想外。やりにくいことこの上ないのだが。
「え、だって……」
日向が何を今更、と言いたげに俺を見つめてくる。
「羽田とタケだけじゃ、変な噂になっても困るっしょ?」
友人思いの自分をアピールしながらも、その顔が楽しそうににやついているのだから意味が無い。俺の話なんていうのも大方予想がついているのだろう面々の中で、唯一日向だけが状況を楽しんでいる。
――否、羽田もか。
「それはそれで、ケツに火がついていいんじゃないの?」
「羽田、女の子がそんな汚い言い方……」
「今更じゃん」
意味不明な事を嘲笑混じりに言う羽田と、それを諌める佐久間を得心顔で頷いて眺めている島野といい、久し振りのメンツだな……などと明後日の事を考え出す俺を、ぎろり、と再度羽田が睨んできた。
「ドリンク取って来る」
と逃げるように席を立てば、何故か「へたれ」と呟かれてしまった。
席に戻るとポテトやらサラダやらが運ばれて来ていて、甲斐甲斐しく皆にそれを仕分けている佐久間と、さっそくポテトに齧りついている羽田が居た。
食欲が若干解消されたからか、幾分相好を緩めた羽田が、俺が席につくなり聞いてくる。
「それで、今度は何の相談?」
いちいち嫌味ったらしい女だ。
「……前の続きだけど、」
箸を伸ばしてポテトを皿に移したのは、放っておけば羽田が全て平らげてしまいそうだったからだ。
それに対してなのか、会話に対してなのか、羽田は小さく唸ってからソファに凭れかかった。
「マジで分かんないわけですよ。俺、どうしたらいいわけ?」
自然俯く顔が、隣の席の佐久間の腕時計を捉えた。時刻は21時調度。月曜9時は、昔なら姉の紀子が何時もドラマを見ていた。今は一人きり、静まり返ったマンションの部屋。自炊している家だから、当然家に帰った所で食事が用意されているわけでも無い。
「高橋はさぁ、どうなりたいわけー?」
「は?」
「だから、理子と」
止まらずにポテトをつまみ続ける羽田。あーんと開いた大口は女らしさの欠片も無い。
「どうって……だから、前みたいに友達としてだな、」
「じゃあキスなんてすんなよ」
「っあれは!!」
――理子に惚れている後輩を黙らせたくて、なんて理由で、してしまったこと。たかが、キス。されど、キス。笑って許してくれ、とは勿論言えない。言えないけれど。
「……悪かったと思ってる。でもやっちまった事は無かった事に出来ねぇだろ? でも普通に謝って許してくれねぇんじゃ、何か対策考えるしか無いしよ」
「その内許してくれるんじゃない?」
あっけらかんとした調子で口を挟む日向が、盛られたサラダに手を出す。部活帰りのこいつも、結構腹が減っていたと見える。メニューを眺めながら、うーんと唸る顔はこちらを見ない。
「許してくれなきゃそれまでで、いいじゃん」
「良くねーだろ」
「何で?」
今度は羽田。何でもくそも無いだろうって、顔を顰めれば、続くのは島野。
「高橋君、理子ちゃんと仲直りしたいの?」
あっちへいったりこっちへいったり、俺の視線は定まらない。
「だからそうだってっ」
「何で?」
またもや羽田の疑問が入る。
何でも何も。
「ダチだから」
当然の事だ。気安い友人、話すのが楽しい奴。バスケに興味を持っているらしいから、その手の会話も出来る。しっかりしてる、と見せてうっかりな所があったり、大人で物静かな印象のわりに、ガキみたいな面も目立つ。一を言えば十にして返される事も、面倒臭い性格も、しょうがないなと苦笑できる程度。
それに、
「一応、彼氏なわけだし」
演技の上の話ではあるが、せっかく外野を黙らせる方法を思いついたのに、「喧嘩別れしたらしい」なんて噂されていては意味が無いのだ。
「でも、所詮フリじゃん」
オーダーが決まったらしい日向はチャイムを押してから、俺に顔を向けて小首を傾げた。
「大体オレらって友達つってもお昼仲間なだけじゃん。 皆で遊んだのも数回あったけど、そんな程度で何時もつるんでる仲間じゃないし。電話もメールもするけど、所詮それぐらいで、生活の何パーセントかを占めてるだけだろ? サクと島野が別れたら、昼も遊びも無くなるわけだし」
「「別れません」」
無駄に揃った佐久間と島野の主張は綺麗に流される。
「女子共は煩わしいかもしれないけど、「別れました」で済む話じゃん。そこまでして理子さんと友達で居たい理由って何?」
「……いい奴じゃん。お前らだってそうだろ?」
「そうだけど。でもオレ的には、機嫌が直るまで待つけどね。そんでも駄目なら仕方ないかな、と」
うんうん頷いている羽田の手は止まらない。ポテトを食べ尽くして、タイミング良く運ばれて来た若鶏のから揚げへ手を伸ばす。
「クラスも別れたし。皆でお昼取るのも結構難しいしね。別に今後は今みたいに、別々で構わないんじゃない? そしたらアンタらの接点も更にないし、じゃあ、今友達関係解消されても別にねぇ……」
現状維持で畳み掛けに入る二人が、何とも苛立たしい。
それが嫌だから、相談してるんだつーの!!
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