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No.52
2010/01/16 (Sat) 00:33:20

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 先程までグループの中の会話なんて我関せずで雑誌を見ていた日向君も、雑誌を放り出してこちらを見ている。
「納得出来ないんですけど」
「だから、お前が納得出来ようが出来まいが関係ないつってんだろ」
「関係ありますよ。俺だって理子先輩が好きなんだから」
 またもや女生徒の中から悲鳴。余所事の男子生徒が「いいぞー」なんてはやし立てている。
 ――ああ、もう本当に。何でこんな人の目の多い所で。
「じゃあ諦めろよ。理子は俺のなんだから」
 心臓が跳ねたり縮こまったり忙しない。
 こういう時、私はどういう顔をしていたらいいのだろう。険悪な高橋と原島少年を盗み見ながらそんな事を思っていたら、原島少年の視線が僅かに私に向いた。
 何とも言いがたい顔。不満げで、でもどこか悲しそうで、やっぱり怒りに満ちていて、少しだけ気まずそうに陰って。
「偉そうに」
 憎々しげに呟いてから、また瞳を鋭くした原島少年。
「理子先輩が、可愛そうです」
「あ?」
「あんたと居る時の理子先輩は、どっか悲しい顔をしてる」
 さっきだって。唸るような声。
「それなのにあんたは知らん顔だ」
 私は驚いてしまう。高橋と一緒に居て、心から楽しいんだと笑える事は実は少ない。切なくて、悲しい気持ちが浮かんでしまうから。高橋の呑気な一言に傷付いてしまうから。
 そんな私を、原島少年は知っているというのだろうか。
「俺は、ずっと理子先輩を見てる。あんたと違って、ちゃんと見てる」
 私の疑問に応えるように、原島少年の顔ごと私に向いた。
「俺の方が、理子先輩を大事に出来ますよ」
 その言葉は完全に私に言っていた。
「言うじゃん、一年坊が」
 からかいを含みつつも、感心したような羽田の声が小さく聞こえた。
 私は、一体何と答えたらいいのだろうか。
 ――否、答えはずっと前から決まっている。私が好きなのは高橋で、辛くても、痛くても、悲しくったって、それでも高橋の側に、居たいのだ、と。だから原島少年の告白もお断りしたのだ。
 でも今までに無く、真剣な原島少年の顔を見ると言葉が凍りつく。彼の想いが本物なのだと気付いて、戸惑いばかりが大きくなる。
 高橋に大事にして欲しいわけじゃない。普通の彼氏彼女のように、過ごせないのはわかってる。私達の恋人関係は偽物なのだ。
 だけれど、その鈍さをどうにかして欲しいとは思うのだ。私の恋心はそりゃ、あからさまでは無いけれど――でも少しは、私に関心があれば、気付いてくれてもいいんじゃないのかなんて、自分の勇気の無さを丸投げして、思ってしまったりする。
「お前の主張なんてどうでもいいんだよ」
 沈黙を破るような高橋の声が、原島少年の真摯な告白をばっさり切ったと思うと、強い力で腕を引かれた。
 羽田ではない方の、腕を。
 そのまま肩を抱かれて、高橋に密着する。
 ふわり、と薫った高橋の匂いを感じて、思わず顔を上げる。
「お前の入る余地は無い」
 至近距離に、高橋の顔があった。
 鋭い眦、意志の強い細い眉。
 何も分からないまま、それでも唇に感じた温もりに、目を見開く。
 近付いてすぐに離れた吐息。
「……分かったか?」
 抱かれたままの肩。
 私より幾分高い体温を制服越しに感じる。
 それだけ。
 まだ頭がうまく働かない。
 唯一動いている瞳だけで、呆気に取られた友人達の顔を認識した。痛ましげに顔を歪めて、唇を噛んだ原島少年が踵を返して足早に屋上を出て行くのを見届ける。
 遠くで、歓声。またもや悲鳴。わけがわからない声。
 放心する私の身体が、高橋の腕から離される。
 それでも近くにある高橋の顔が、視線が、気まずそうに揺れる。
「あー」
 一秒、二秒。友人達を見回す高橋。
 潜められた声が、
「……自分でやっといてアレだけど、」
 ははっと場を和ますように軽く笑って、
「チューはやり過ぎたな」
 頭に血が上った、なんてあっさりと言い切った高橋の横っ面を、思うより張り倒してしまった。



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