真知ちゃんと合流して、タケと理子さんが向かったという屋上に急ぐと、すでに他の四人は屋上の踊り場で蹲っていた。
どうやら鍵がかかっているらしく、羽田と高塚がドアに耳をくっつけて、菜穂ちゃんは少し後ろで前のめりに様子を窺っている。佐久間は一人、肩を竦めて明後日の方向に視線をやっているものの――
オレ達に気づいた羽田が「しっ」と唇に人差し指を当ててから、ドアを指す。
耳を欹てると、会話の内容は聞こえないものの、タケのものらしい低い声が若干怒鳴っているように聞こえる。
怒ってどうする、と呆れ顔のオレを無視して、真知ちゃんは羽田と高塚の間に入り込む。
「……どんな感じ?」
声を潜めて佐久間の隣に腰を落とすと、佐久間が耳元に口を寄せてくる。
「ただいまの模様、勝率0パーセント」
「……腑抜けが」
「羽田いわく、だから何ともいえないけどね」
苦笑する佐久間に、ああと頷く。羽田が0と言い切るのならそうなのかもしれないし、敢えてそう言っているだけ、という可能性もあるので信憑性は無い、という事だ。彼女の言葉を真正面から信じるのは単純な高塚くらいだろう。女性陣には当たりが柔らかい羽田だから、彼女たちは抜きにして、になるが。
「何かボソボソ言ってて聞こえねぇな……」
壁一枚隔てるだけでも結構声は遮断されてしまうから、そもそも無理があるんじゃないだろうか。
そう思った所で振り返った羽田に手招きされて、従う。
「ヒナ、開けてよ」
昔の愛称がぽろっと出たのは、恐らく興奮のし過ぎなのだろう。子供のように無邪気な、けれど悪魔のようなたくらみをも含む微笑で、羽田がノブを指差す。
そして手渡されるのは、羽田が前髪を止めていたのだろうヘアピン。
黒くて飾り気の無いそれを無言で受け取って、折れている部分をまっすぐに直す。
それを不思議そうに見つめてくる高塚と真知ちゃんに、羽田が一言。
「日向は、鍵開けの名人だよ。一回空き巣が見つかって捕まった事があったっけ?」
「え、そうなの――」
「あるわけないでしょ」
何を言うんだ、この女は。しかもそれを佐久間以外は事実と受け止めて驚いたのだから、なんだかなぁ。オレを何だと思ってるのか、という話だ。
思わず身を乗り出す高塚に、冷たい視線をくれてやる。もちろん、高塚にだけ。
真っ直ぐに伸びたヘアピンを鍵穴に突っ込むオレの横で、羽田はまたドアに耳をくっつけて中の様子を探っている。
「……お?」
「――ん?」
「今度は菅野が怒鳴ってる、っぽい……?」
確かにくぐもって聞こえる声は、女性特有の高音のような気がする。
なるべく音を立てないようにノブを押さえながら、鍵穴の様子に目をこらす。手の感触は悪くない。もっとも学校の屋上の鍵なんて、セキュリティの必要性も無いから、単純な作りで家庭のそれに比べて難易度は高くない。――こういう発言をすると前述の空き巣問題に信憑性が出てしまう気がするが、これはあれです。やんちゃしていた中学生時代に屋上に潜んでいた時の怪我の功名というやつです。
「……開いた……」
とか思っている間にカチリ、といい音がした。
こちらがノブをひねる前に、上から乗せられた羽田の手がオレの手を巻き込みながらノブを回す。ちょ、外側に向いた手が痛いんですけどっ!!と羽田を睨んでも、彼女の視線はこちらに向かない。
少しだけ開いたドアの隙間から、心地よい外気が入り込んでくる。
詰めていた息苦しい息を吐いた時だった。
「私はっ!!」
怒鳴っているのが本当に理子さんなんだって、実感すると共に不思議だった。彼女がこんなに悲痛にさけぶ事があるのかって。
「君の友達なんか嫌なのっ!!」
その声があまりに切実に胸に響いて、まるでオレが言われたみたいな衝撃を受ける。うわ、ちょっとタケに同情してしまう。微かに震える口調が痛々しくて、だからそれが刃のような鋭さを持つ。
「君はちっとも、分かってないっ!」
周りで皆が、一斉に息を飲むのが分かった。