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No.68
2010/02/18 (Thu) 01:31:05

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 どうやったら関係の修復が出来るのか、そればっかり考えていたから理子が泣き出したのには驚いてしまった。
 人前で涙を見せる事をヨシとしない性格の理子が、その実涙脆いことはもう知っている。
 何時かの大会、自分たちの浅はかさを愚痴ってしまった公園。俺が泣かないから、なんて意味の分からない理由をつけて涙した彼女が、同じ悔しさを共有してくれようとしたのが嬉しかった。友人思いの情に厚いイイ奴だと知っていても、俺に対してもそれが健在なのだと思うと嬉しかった。
 あの時、本当にこいつと知り合えたことに感謝した。女だからという理由で拒絶しなくて良かったと思うと同時に、失くしてはいけない友人だとも実感した。
 なのに理子は、そんな関係をしんどいと言うのか。
 何時かは嬉しいと感じた涙を溜めて、理子が俺を睨んでいる。
 俺が手前勝手な発言をすると、何時もはすぐに機嫌が悪くなったり怒ったりする理子が、時々そうせずに黙り込むと、反撃出来ないくらいに傷付いているのだとは最近気付いたし、そういう時に泣くまいと唇を噛み締める姿は今と同じ。
 何度も後悔してやっちまったと思っても、繰り返し繰り返し目にする痛々しい表情。
 そんな顔をさせているのは俺で。
 理子はそれをしんどいと、そう言う。

 そんなに俺が嫌いか、と舌打ちが漏れ出た、その瞬間だった。

「私は君が好きだから、君と友達ではいられない」

 予想外の言葉だった。本当に、理子の口から飛び出るとは思ってもいなかった発言だった。
 だから糸が切れたように、ぼろぼろと泣き出す理子を見つめて呆然と突っ立ってる事しか出来なかった。
 今、こいつは何を言ったのだろう、と。何度理子の言葉を繰り返してみても、すんなりと飲み込めない。
 その間にもどんどん歪んでいく理子の顔は、化粧が崩れてすごい事になっていた。両手で顔を拭う合間、鼻を啜る音がした。
 強い風が吹くと大きく孕んだ理子の長い髪と一緒に、涙の雫が空に踊る。
 じわり、と。
 胸の内が奇妙に燻った。
 今こいつは。
(好き……?)
 じわりじわりと、ゆっくりと染み込んで来た単語をやっとの事で理解する。
 それが、馴染みのある言葉だと理解する。
 愛だの、恋だの、俺にとっては不可思議で面倒な感情。俺の時間を我が物顔で束縛する為の、都合の良い言葉のような気がしていた言葉。
 中学の頃、あまりに強烈なアプローチを受けて、降参するように付き合ったのは一つ上の紀子の友人。
 紀子は当時結構グレていて、周りに居る友達も同様で、親父が家にいないのをいい事に友人や男を連れ込んでは騒いでいた。そこで女の実情を垣間見てしまった俺にとっては、女は既に憧れる対象ではなくなっていたから、好き嫌いという感情より。それはもう性的な興味で付き合っただけだった。
 何時も香水の甘い匂いを漂わせていた彼女は、男慣れしていたのだろう。だからちっとも控えめな所がなくて、勿論性格も手伝ってかなり強引で、何時でもどこでもイチャイチャしたがる女だった。
 毎日のように電話を請い、休日にはデートを請い、年下で経済力皆無である俺にも関わらずあれやこれが欲しいと、イベント毎に強要する。部活が忙しいと言えば、「アタシと部活とどっちが大切なの」と無茶を言い、そいつの夜遊びに寛大であれば「浮気してるんでしょ」と変な疑いをかけられ、面倒になって別れを切り出せば、あっさり頷いた変わりにとんでも無い噂を立てられた。
 女が全員そうだとは言わないけれど、愛想が尽きるには十分過ぎた経験。
 だから、告白は全て、うんざりするだけのもの。心動かされる要素は一つも無い。
 それなのに、今、俺の胸に広がっていく覚えの無い感覚がある。
 思わず口元を掌で覆ったのは、頬が緩んでいくのが分かったからだ。

 嬉しい。

 好きだ、という、聞き飽きた単語が、これ程までに響くものだなんて、俺は知らなかった。

「理子」

 緊張のせいか、声が酷く無機質になってしまった。
 理子の肩がびくり、と大きく震える。
 こちらを見ないまま、息を潜める気配。けれど時々しゃくり上げ、喉を過ぎていく嗚咽。

「あのさ、」

 応えあぐねて、咳払いを一つ。
 何を勘違いしたのか、顔を覆っていた両手が両耳を塞ぐ。

「分かってるから、言わないでっ!!」

 悲鳴じみた鋭い拒絶に、俺は思わず笑ってしまう。
 俺の今までの態度が、理子を何度も傷付けだのだろう。理子が俺を好きなのだとしたら、何度も何度も俺は、彼女を痛めつける言葉を投げつけてきた。
 それでも理子は友達として、傍にいてくれた。
 鈍過ぎる俺を見放さず、一緒にいてくれたのだ。

 きつく耳を塞ぎ俯く理子に近付いて、その腕を取る。脅えたように見上げてくる瞳を覗き込む。

「いいから、人の話を聞きやがれ?」

 ひっとしゃくりあげる度、震える唇。揺れる睫毛。
 マスカラが剥げ落ちて、黒い筋となって頬を伝う。瞼ははれぼったくて、鼻は真っ赤で、ぼろぼろのぐずぐず。
 それなのに、不思議と、ただただ可愛く思えてしまう。

「俺も、」

 口を開いた瞬間目をきつく閉じた理子。
 その仕草すら、俺の心を暖かく満たしていく。
 衝動のまま理子の背中に手を回して抱きしめてしまう。 
 
 
 胸の内から湧き出す気持ちを、迷わず言葉にする。

「理子が好きだ」

 


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