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No.64
2010/02/08 (Mon) 04:03:09

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 無言のまま理子を引っ張っていった先は、屋上だった。校内のどこであったら落ち着いて喋れるのかなんて知らないから、とりあえず人の居なさそうな場所をしらみ潰す気でいたのだけれど、空き教室の方が見当たらない事に気付いた。
 屋上には人っ子一人いず、鍵をかけてしまえば完全に二人だけの空間になった。
 そこでやっと掴んだままだった手首を話してやれば、必要以上に距離を取られる。
 さっと辺りに目を走らせてから、屋上に誰も居ない事を見極めてか、大きくため息。
「話って、何」
 抑揚の無い声が理子の口から漏れる。艶めいた、小さな唇。
 落ち着かな気に何度も髪を耳にかける動作。
 俺達の間に流れる空気とは正反対に、初夏の風は爽やかだ。
「……俺は一体なんて言えばいいんだ?」
「――はい?」
「何て言えば良かったんだよ」
 理子の顔は相変わらず強張っている。ギャラリーが無い事に幾分調子を取り戻してはいるようだが、まるで警戒したまま。
「何、突然」
 じり、と理子が後ずさる。
「言ってる意味が分からない」
 追えば逃げる。逃げるから追わずには居られない。逃がしたままにしたら、戻ってこない。距離が広がったままになってしまう。
「謝る以外にどうすりゃいいんだよ」
 一歩踏み出せば、更に一歩遠くなる。
 見た目で言えば島野の方が猫みたいな面をしている。けれど何処までも人慣れた、愛想のあるそれ。理子は違う。近付けば威嚇して逃げ出す。慣れれば愛らしく鳴き、かと思えば警戒心剥き出しで威嚇し、突然に消えてしまう。遠のいてしまう。
「なぁ」
 大股で一歩を詰めて、もう一度理子の腕に手をかける。
 びくりと大袈裟に脅える様には構わない。
 引き寄せて、ドアに理子の背中を押し付ける。逃げ出しそうになる理子を両手の間に閉じ込めれば、戸惑った視線がぶつかる。
「言ってくれよ」
 必死になりすぎている自分に、俺は全く気付いていない。
「キスしたのは悪かったよ。謝る。俺が馬鹿だった。しかもあんな大勢の前で、目立つの嫌いなお前が怒るのは分かる。いくら付き合っているフリの延長でも、勝手にした俺が悪かった」
「何、」
「謝って許せねぇんなら、殴ってくれて構わねぇからよ!」
 思わず声を荒げれば、理子が身体を小さく縮める。両肘をそれぞれの手で抱くようにして、顔を背けられる。
「何時もみたいに怒鳴ってくれていい。馬鹿でも、阿呆でも、無神経でも、」
 もう散々言われた事だ。
「言う権利はお前にはあんだろ……っ」
 俯く理子が唇を噛み締める。反動で耳から落ちて、顔にかかる髪。今度はけして耳にかけようとはしなかった。頭上から見下ろしていると、理子は以外に小さかったんだななんて感想が浮かんでくる。男と体格が違うのだから当たり前の事で、今までに何度も考えた事で、今この場面で思う事でも無いのに。
 女なのだ、理子は。
「何か奢れば済むか? 土下座でもすればいい? 何したら、お前、許してくれるわけ?」
「っそういう事を言ってるんじゃ、」
「じゃあ何だよ!!」
 許す許さないの問題じゃあ無いのだと、友人連中も言う。
「俺は、理子とこのまま友達やめんのは、ぜってぇ嫌だからなっ!?」
 ガキの喧嘩だって、もっとましに片がつく筈なのに。
 ぎり、とさらにきつく唇を噛む理子。黙ったまま終わりにさせる気は無い。今日こそは、ちゃんと納得のいく答えをもらわなきゃ、気が済まない。
 理子の言葉を促すように、肩に手を置いた瞬間だった。
「私はっ!!」
 俺の手を振り払いながら、理子が顔を上げる。長い睫毛に縁取られた大きな瞳が俺を睨んでくる。なのに何故か、その目には涙が盛り上がっていた。
 一瞬怯んだ隙に、逃げられる。
 スカートの裾が翻って、けれど逃げ去るわけじゃなくって、すぐにまた俺に向き直った理子が、
「君の友達なんか嫌なのっ!」
投げつけてきた言葉の、打撃力ったら無い。
「……君は、ちっとも分かってない!!」
 何を分かれというのか。頬を伝った理子の涙を見ながら、呆気に取られる俺は浮かんだ疑問を解消できない。
 今までだんまりを決め込んでいた理子は、決壊したダムのように勢い良く喋り出す。
「あんな風にキスされて、喜ぶ女ってどんなよ!? 私を好きなわけでもない。ただムカつく相手を黙らせるためだけの!!」
 けれど何も言わないよりましだった。ほっとした。
「あれっきり原島君は何も言って来ないし、私も君の周りもそりゃ静かになったでしょうよ! 付き合った効果が出て、君はさぞ嬉しいでしょうけどっ」
あの時も! そう続ける理子。
「あの時も、あの時も!!」
 それが何時の事なのか、俺には分かれない。分かれという方が無理なのではないだろうか。そんな口を挟む隙も無いのだが。
「私がどんな気持ちだったか分かる!? 君は自分の取った行動で、私が傷付いている事を知ってる!?」
 所詮他人なのだから、分かれという方が、無理で。
「私の気持ちを、考えてくれた事ある!?」
 なのに俺は今、理子の涙の理由が、怒りの原因が、分かるような気がした。実際には何故か、なんて分からない。
 理子の気持ちなんて分からない。分かれない。
 何を考えて、何に傷付いたかなんて、言ってくれなきゃ分かれない。
 でも。
 理子に惚れていた原島が、言っていた。
”理子先輩が可愛そう”だと。
 それは少なくとも俺より、原島の方が理子の気持ちを分かっているという事なのだろう。
 きっと、俺より理子と関わった事の少ない原島の方が、理子を。
 ただ彼女に付き纏っているだけだと思われた、後輩の方が。
 仲の良い友人だと自負していた自分よりも。

「馬鹿っ! 無神経! 鈍感!!」

 それでも言ってくれなきゃ、俺は分かれないから。
 どんな事でも言ってくれなきゃ、分かれないから。

 どう言ったら伝わるんだろう。
 
 理子がどう思っても、傷付いても、噛み合わなくても。
 それでも、もう、理子がそこにいるのが当たり前なのだと、どう言葉にしたら。


――理子は傍にいてくれるのだろう――。



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