No.61
2010/02/06 (Sat) 02:10:22
頭を使うのは得意じゃない。
けして馬鹿だとは自分で言うまいが、佐久間や日向のような文武両道ってやつじゃない。テストの点だって平均的だ。
頭で考えるより身体が動いちまう性質で、そこは高塚と同じようなもんだが、勘が働く分まだ奴よりはマシだと思っている。佐久間に言わせればどんぐりの背比べらしいのだが。
ただ俺の勘は恋愛方面にはとんと働かない。
だから、随分とヒントを与えたと言い切った羽田の答えは、ちっとも役に立たなかった。
理子の好きな奴が誰かなんて、分からない。仲間内の全員が知っている相手らしいという事しか分からない。けれど理子の交友関係なんて俺は知らないし、同じ高校の奴なのだろうという推測しか出来ていない。
あれだろうか。理子の幼馴染だとかという、生徒会の書記の事だろうか。
でもそいつ自身も理子に惚れているという話だから、そうなると付き合っていない理由が無い。
じゃあ他に誰だろう。
それがそもそも、自分と理子の関係にどう影響するのだろう。
理子は俺と付き合う振りを、渋々ながら了承した。それが彼女の、「好きな人としか付き合わない」という意思にそぐわないという事は分かるけれど、それでも決めたのは理子自身だ。
理子が誰を好きでも、俺にどう関係があるのだろう。
俺たちの友人関係が、それでどう崩れるというのだろう。
何度頭を捻ってみても、答えは出ない。
もうお手上げだ。
俺の頭じゃどうあってもこれ以上の考えは浮かんでこない。
となれば、もう、やることは一つ。
理子本人に聞いてみるしか、無いじゃないか。
そう結論付けた俺は、部活が休みとなった金曜の放課後、理子を急襲した。
俺が理子のクラスに出向いた時、彼女のクラスメイトはほとんど、帰宅した後のようだった。というのも俺のクラスのホームルームが長引いた為で、出向いたはいいが彼女が帰ってしまっているのでは無いかと若干懸念していた俺は、羽田と談笑している理子を教室の中に見つけて、小さくため息をついた。
俺が無断で教室に入っていくと、まだ残っていた連中がぴたりと会話を止めてしまう。
俺の足が理子に真っ直ぐに向かっている事に気付いたのだろう。喧嘩中と噂されているのは知っていたので、さもありなん、といった所だ。
羽田と理子も当然のように会話を中断させて、視線をこちらに向けてきた。
理子は俺をみとめた瞬間、表情を曇らせる。穏便にことを進めようとしていたのに、その表情を見た瞬間苛立ってしまう。
「理子」
呼びかける声が低い。気軽く声をかけるつもりだったのに、っと思ったら舌打ちまで飛び出してしまった。
理子の身体が強張るのが分かる。羽田が立ち上がって、俺と理子の間に立ちはだかる。
「羽田、理子かせ」
なんて横暴な言い方だ、と他人事みたいに思う俺が居る。
「何様よ、アンタ」
周りに居たクラスメートが気を使ったのか、それとも悪辣な俺と羽田の様子に恐れをなしたのか、そそくさと離れていく。それでも遠巻きに、こっちを窺う気配を背後に感じる。
見世物になる気は無い。
それでも、修羅場を連想させてしまうような態度は直せない。
人の目を気にしすぎるきらいのある理子が、何時か俺の目立つ行動の幾つかを非難した事があった。ただでさえ君は目立つのに、と前置いて、放送ジャックや何時かの下駄箱でのやりとりを、非難された事があった。思い立ったらすぐ行動、が身上なのだといえば、呆れた顔。私は目立ちたくない、と顰めた顔に、お前こそ無理だろうと返した覚えがある。理子は集団の中に溶け込んでいても、端正な容姿が目をひくし、持つ独特の雰囲気が際立つ。
だから目立つような行動は避けてやろうと思った。
それなのに、理子がこちらのメールを無視してくれるからこういう事になる。
「お前に関係ない」
「はぁ!?」
声を荒げた羽田を押しのけると、その陰に隠れていた理子の姿が目に入る。机の上で拳を握って、俯いたまま。長い髪が邪魔して、その表情は窺えない。
「理子」
もう一度名前を呼べば、肩がびくりと震える。
逃げ道を与えないように、理子の腕を取って立ち上がらせる。
強く引きすぎたのか、理子が「きゃっ」と小さく悲鳴を上げた。けれどそんな事に構って手を離せば逃げられてしまう気がして、握ったままの腕は放せない。
「顔、かせ」
俯いたまま、俺を見ない理子に苛立ちが募る。
「高橋、アンタいい加減に――っ!」
「お前は黙ってろ」
一睨みすれば、羽田がぐっと押し黙る。別段こちらに脅えた風はない。ただ怒りを飲み込んで、睨み返される。
「菅野?」
俺に対する時とはうってかわって、気遣う色の深い声音で、理子に視線をやる羽田。
「……大丈夫」
久し振りに聞いた理子の声は、思いの他落ち着いていた。
ゆっくりとこちらに向き直る顔。
目が合う事に安堵する。
「……分かったから、手、放して」
けれどすぐに視線を外して、俯かれた。
だから俺は、理子の腕を放せなかった。分かったといいながら、それでも逃げていかれそうな気がして、幾分力を緩めただけで。
「高橋」
手、放して。
理子がよく、分からない。まるで知り合った頃のように、余所余所しい。
こいつは一体どうしたいんだろう。
焦れたように、もう一度呼ばれる。それでも反応を示さない俺に、理子が窺う視線を寄越してきた。
憮然とした俺の顔が、理子の目に映る。
分からないのは理子の気持ちだけじゃない。
理子の態度に苛立って、どこかで焦燥を感じている自分の気持ちも、良く分からなかった。
→NEXT
けして馬鹿だとは自分で言うまいが、佐久間や日向のような文武両道ってやつじゃない。テストの点だって平均的だ。
頭で考えるより身体が動いちまう性質で、そこは高塚と同じようなもんだが、勘が働く分まだ奴よりはマシだと思っている。佐久間に言わせればどんぐりの背比べらしいのだが。
ただ俺の勘は恋愛方面にはとんと働かない。
だから、随分とヒントを与えたと言い切った羽田の答えは、ちっとも役に立たなかった。
理子の好きな奴が誰かなんて、分からない。仲間内の全員が知っている相手らしいという事しか分からない。けれど理子の交友関係なんて俺は知らないし、同じ高校の奴なのだろうという推測しか出来ていない。
あれだろうか。理子の幼馴染だとかという、生徒会の書記の事だろうか。
でもそいつ自身も理子に惚れているという話だから、そうなると付き合っていない理由が無い。
じゃあ他に誰だろう。
それがそもそも、自分と理子の関係にどう影響するのだろう。
理子は俺と付き合う振りを、渋々ながら了承した。それが彼女の、「好きな人としか付き合わない」という意思にそぐわないという事は分かるけれど、それでも決めたのは理子自身だ。
理子が誰を好きでも、俺にどう関係があるのだろう。
俺たちの友人関係が、それでどう崩れるというのだろう。
何度頭を捻ってみても、答えは出ない。
もうお手上げだ。
俺の頭じゃどうあってもこれ以上の考えは浮かんでこない。
となれば、もう、やることは一つ。
理子本人に聞いてみるしか、無いじゃないか。
そう結論付けた俺は、部活が休みとなった金曜の放課後、理子を急襲した。
俺が理子のクラスに出向いた時、彼女のクラスメイトはほとんど、帰宅した後のようだった。というのも俺のクラスのホームルームが長引いた為で、出向いたはいいが彼女が帰ってしまっているのでは無いかと若干懸念していた俺は、羽田と談笑している理子を教室の中に見つけて、小さくため息をついた。
俺が無断で教室に入っていくと、まだ残っていた連中がぴたりと会話を止めてしまう。
俺の足が理子に真っ直ぐに向かっている事に気付いたのだろう。喧嘩中と噂されているのは知っていたので、さもありなん、といった所だ。
羽田と理子も当然のように会話を中断させて、視線をこちらに向けてきた。
理子は俺をみとめた瞬間、表情を曇らせる。穏便にことを進めようとしていたのに、その表情を見た瞬間苛立ってしまう。
「理子」
呼びかける声が低い。気軽く声をかけるつもりだったのに、っと思ったら舌打ちまで飛び出してしまった。
理子の身体が強張るのが分かる。羽田が立ち上がって、俺と理子の間に立ちはだかる。
「羽田、理子かせ」
なんて横暴な言い方だ、と他人事みたいに思う俺が居る。
「何様よ、アンタ」
周りに居たクラスメートが気を使ったのか、それとも悪辣な俺と羽田の様子に恐れをなしたのか、そそくさと離れていく。それでも遠巻きに、こっちを窺う気配を背後に感じる。
見世物になる気は無い。
それでも、修羅場を連想させてしまうような態度は直せない。
人の目を気にしすぎるきらいのある理子が、何時か俺の目立つ行動の幾つかを非難した事があった。ただでさえ君は目立つのに、と前置いて、放送ジャックや何時かの下駄箱でのやりとりを、非難された事があった。思い立ったらすぐ行動、が身上なのだといえば、呆れた顔。私は目立ちたくない、と顰めた顔に、お前こそ無理だろうと返した覚えがある。理子は集団の中に溶け込んでいても、端正な容姿が目をひくし、持つ独特の雰囲気が際立つ。
だから目立つような行動は避けてやろうと思った。
それなのに、理子がこちらのメールを無視してくれるからこういう事になる。
「お前に関係ない」
「はぁ!?」
声を荒げた羽田を押しのけると、その陰に隠れていた理子の姿が目に入る。机の上で拳を握って、俯いたまま。長い髪が邪魔して、その表情は窺えない。
「理子」
もう一度名前を呼べば、肩がびくりと震える。
逃げ道を与えないように、理子の腕を取って立ち上がらせる。
強く引きすぎたのか、理子が「きゃっ」と小さく悲鳴を上げた。けれどそんな事に構って手を離せば逃げられてしまう気がして、握ったままの腕は放せない。
「顔、かせ」
俯いたまま、俺を見ない理子に苛立ちが募る。
「高橋、アンタいい加減に――っ!」
「お前は黙ってろ」
一睨みすれば、羽田がぐっと押し黙る。別段こちらに脅えた風はない。ただ怒りを飲み込んで、睨み返される。
「菅野?」
俺に対する時とはうってかわって、気遣う色の深い声音で、理子に視線をやる羽田。
「……大丈夫」
久し振りに聞いた理子の声は、思いの他落ち着いていた。
ゆっくりとこちらに向き直る顔。
目が合う事に安堵する。
「……分かったから、手、放して」
けれどすぐに視線を外して、俯かれた。
だから俺は、理子の腕を放せなかった。分かったといいながら、それでも逃げていかれそうな気がして、幾分力を緩めただけで。
「高橋」
手、放して。
理子がよく、分からない。まるで知り合った頃のように、余所余所しい。
こいつは一体どうしたいんだろう。
焦れたように、もう一度呼ばれる。それでも反応を示さない俺に、理子が窺う視線を寄越してきた。
憮然とした俺の顔が、理子の目に映る。
分からないのは理子の気持ちだけじゃない。
理子の態度に苛立って、どこかで焦燥を感じている自分の気持ちも、良く分からなかった。
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