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No.54
2010/02/24 (Wed) 08:02:19

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 スタッフは三度目を剥く事になった。
 厳しい事で知れたカメリエーレ長ではあるが、オット・ダントーニという人間はけして拳でものを語る事をしない。狂犬とあだ名される用心棒とは犬猿の仲ではあったが、彼とも拳を交えるという事は聞いた事が無い。
 しん、と静まり返った室内では衣擦れの音さえ潜んでいた。
 はたかれた本人さえ呆然とする中、オットは何事も無かった顔で辺りに視線を巡らせる。それから腕時計に目を落とすと跡が残りそうな程強く、眉間を顰めた。
「何をしてるんです。早く着替えないと始業に間に合いませんよ」
 けして語調が強い、というわけでもないのに、底冷えする冷気でもって瞬時にスタッフの時計の針が動き出す。まだ充分開店には間に合うが、始業という意味では確かに余裕は無い。
 それぞれが準備を再開する中、双子はロッカーに寄り添うようにしてオットを見上げていた。
 ちろり、とオットがまずルーカを睥睨する。
「ルーカは今日は店に出ないで下さい。顔を冷やして落ち着いたら、裏方を手伝ってもらいましょう」
はい、と小さな声で返事が返る。
 続いてオットはアーノンにも視線をやったが、その不貞腐れたようなアーノンの表情にわざとらしいため息をつく。
「アーノンは帰りなさい。しばらく来なくてよろしい」
 これにはアーノン以上に、いまだに耳を欹てていたスタッフが驚いた。ルーカも店に出ないのに、アーノンが帰って店が回るのか、という話しである。
 そんな単純な事を冷血マシンなどとあだなされるオットが気づかない筈も無い、と分かっているものの、本能的に驚いてしまったのだろう。オットは再度彼らを急かすように一睨みを効かせて、
「こちらから追って連絡をするまで、せいぜい頭を冷やしなさい」
 憎憎しげに唇をかみ締めているアーノンに、そう宣告した。
「……ソムリエは、どうすんだよ……っ」
「今日は私が。しばらくはジーノと二人で手伝いましょう」
 当然の指摘もあっさりと弾き返すオットが傍らのジーノに承諾を取ると、二人ともソムリエ業は専門外であるのに特別動揺を見せない。
 それがいきり立つアーノンの憤慨を深めた。
「なめんな! そんな一朝一夕で勤まる仕事じゃねぇぞっ!!」
 そしてこれにも、さも当然と頷くオットだ。
「そんな事は分かっています。けれど今の貴方よりはマシでしょうね」
「なんだとっ!」
「迷惑だと言っているんです。いいから、さっさと帰りなさい」
 憎悪すら宿る深海の色の瞳は、えもしれず美しい。けれどそんな感想を浮かばせるオットではない。どんなに長い事見つめ合おうが、アーノンの虜にはなりえない。
 退路を開ける様に数歩横にずれたオットは、それでも動き出さないアーノンに酷薄な笑みを浮かべて見せた。
「……もう一度言わなければ、分かりませんか?」
 侮蔑の篭ったそれに、アーノンはロッカーから荷物を引っ張り出すと、力任せに閉じ、着替え途中の格好のままで部屋を飛び出て行った。
 一体何が直接な原因なのか判明しない間に、アーノンの処遇が決まってしまった。それも、一番面倒にこじれた状態になってしまった。
 けれど戸惑いの視線を一身に受けても、オットは揺るがない。
「聞いた通りです。質問は受け付けません」
 それだけ言い置いて踵を返すオットは、既にいつもの鉄仮面だった。



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