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No.74
2010/03/08 (Mon) 17:37:28

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 スタッフルームで何か騒ぎがあったらしい、というのは何となく知れはしたが、ニコルは手を止める事はなかった。自分は厨房で仕込みの最中であるし、他の事に手を煩わせている場合ではない――という以上に、普段からスタッフ同士の揉め事等にはノータッチなのだ。
 その辺りは温和なジーノが仲裁に入るか、オットが有無を言わさず解決を図るか、でうまく回っているようである。元来おおざっぱな自分には向かない事柄であるから、何か騒ぎがあった所でニコルを引きずっていくような輩も皆無だった。
 しばらくして何時も通り静まった様子だったから、何の感慨も持たなかった。
 ――のだが。
「ニコル、手が空きますか?」
 オットが常日頃以上に冷気を纏って厨房にやって来たので、ニコルは思わず怪訝そうに首を傾げた。
「いや、何だよ……」
「手が空くのかどうか聞いてるんですが」
「――ニコルさん、こっちはオレが様子見ますよ」
 オットのあまりの態度に、スーシェフ・ジャンカルロが思わずといった感じで間に入ってくれる。
「ありがとう、時間は長く取りません。何かあればオーナールームまでお願いしますよ」
 ニコルの返事も待たず、そう言って踵を返すオットの背後で、ニコルとジャンカルロが目配せをする。
 オーナールームなんて打ち合わせの時くらいしか入らないものだが――先程の騒ぎがシェフにまで影響するのか?
 とは言え恐らく今のオットはその質問には答えてくれないだろう。そう結論づけて、ニコルは帽子を脱ぎながら項を掻く。
「あー、じゃあ……任せたわ」
「了解っす」
 頼りがいのあるスーシェフに後を任せ、数秒遅れてニコルもオットに続いて厨房を出て行った。

 数秒遅れて厨房を出たというのに、オットの姿はそこには無かった。足早に廊下を通り、スタッフルームに入れば、着替えを終えたのだろうスタッフが気まずげに佇んでいる。何時もは馬鹿みたいに騒いでいるスタッフが、手持ち無沙汰にうろついているのは滑稽にも映る。
 何時も通りを装いながらも、意識はオーナールームに向かっているようだ。
 一体何事だ、と不穏な雰囲気を感じながらも、ニコルはオーナールームをノックする。
 すぐに内側から戸を開けてくれるのはオットだ。
 顔を傾げて中に入るよう促しているオットの向こうに、執務机に腰掛けたフレンツォが苦笑している。
「忙しいとこ悪いわね。座って」
 ソーサとカップを持ちながら、言うフレンツォもソファへと移動して来た。向いのソファにニコルがかけると、その隣にオットも座る。
「いや……何かあったのか?」
 ふうと一息ついて、実はねと切り出したフレンツォの話に人事と耳を傾けていたニコルだったが、話の内容にすぐに表情を曇らせる事になった。
「あー……」
 何と応じていいものか、思案気に項を掻きながらオットとフレンツォを見比べる。
 掻い摘んだ話の内容は、勿論スタッフルームでの騒動の事。仕事での面倒事でもニコルに対して云々という話ではなかったのには安堵したものの。
 何だかんだと言いながらも仲の良い双子が常に無い激しい喧嘩をした。原因はスタッフには想像もつかない事。リストランテのムードメーカーたる二人が喧嘩なんて困ったものだ、で終われば話は早い。
 ただアーノンは役職こそないものの、スタッフの中では長を張るオットとニコルの次席のような存在なのである。役職であればスーシェフであるジャンカルロ、カメリエーレのチーフであるジーノよりも決定権があり、彼の目は1スタッフとして以上のものを見る。何かあればまずアーノンに相談しろ、というのがスタッフ内の暗黙の了解であり真実だった。
 だからこそそのアーノンが問題行動を犯し、しかもそれが無期限休職、という判断を下されたというのは、大きな問題だった。
 プライベートをけして仕事に持ち込まないアーノンが、それすら覆してしまう程に感じている精神的なストレスを知っているニコルとしては、何と応じていいのかさっぱり分からない。
「ルーカは……」
 結局言えた事はそれだけだった。
「あの子はジーノが見ているわ。まあすぐに回復してくれるでしょう」
「……だな」
 結局曖昧に頷くだけで、気まずい空気を払拭できず、ニコルは落ちつかな気に足を組み替えた。
 聞かれてもいないのにアーノンの事情をぺらぺら話す事も出来ず、アーノンの気持ちを慮っても話す気になれなかった。
 最もある程度の事情は既に知っているだろうと思う。
 最近のアーノンの不機嫌は周知の事で、それを放置しておくオットでは無いからだ。それが業務に異常をきたそうがきたすまいが、杞憂は根こそぎ払拭しておく、というのがオットだ。そしてそれはそのまま、上司であるフレンツォに報告される。
 であればニコルが話す事はない。聞くに任せるだけだった。
「全く、世話の焼ける……」
「まあそう言わないで、オット。ワタシとしてはあの子の癇癪は可愛いものよ」
「オーナーは甘やかし過ぎですよ。だから何時までも子供のままなんです」
 厳格なオットとどこまでも懐の深いフレンツォの言葉。
「あら、そんな事ないわよ。アーノンは全然甘えてくれないもの」
 双子の幼い頃、暗黒時代までもを知る彼らの保護者は、まるで弟のように双子を語る。最もフレンツォにとってスタッフは等しく、家族のような扱いではあるのだが。
 オットの深いため息すら笑って流して、フレンツォは言う。
「なんにせよ、貴方に苦労をかけて申し訳ないとは思うわ」
「まあ良い機会でしょう。アーノンはただ休めと言っても聞かないでしょうからね」



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