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No.40
2009/12/10 (Thu) 10:00:08


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 どんなに胸中が鬱蒼としていても、笑えるのだから不思議だ。
 休み明け、重い心を引き摺りながらも登校して、教室で朝の挨拶に応えて、普通の顔で授業を受けて、他愛も無い話に笑って、そんな風に日常を過ごせる。
 恒例となったお昼の時間が近付いて、高橋と顔を合わせなきゃいけないんだなんて考えると胃がキリキリ痛むようで、逃げ出したい程辛いのに、それでも普通に過ごせてしまえる。
 プライドが高いのかもしれない。そんな些細な事でいちいち傷付いてしまいました、なんておくびにも出したくない。心配されたくない。相談なんて出来ない。
 だって、格好悪い。惨めだ。
 そんな風に思ってしまう自分のプライド。
 それで虚勢を張れるのならいいのかもしれないけど、だから可愛くないんだ、とか思う。
 そう考えたら、別の意味で気が滅入ってしまった。
 そう、自分は可愛くない。菜穂のように誰彼から守ってあげたいって思ってもらえるようなところも無ければ、真知子みたいにノリが良くっていつもカラカラ笑っているような可愛げも無い。見た目だけ自慢できたって、中身に女の子としての魅力なんて皆無だ。
 高橋を、ずるいと思った。
 たった一言で私を幸福にしたり、地獄に突き落としたり、泣きたくもさせるし笑顔にもさせる。あっちは何の意図も無いって分かっているから、一喜一憂している自分が滑稽で、悔しくて、何時も怒鳴ってしまう。怒ってしまう。
 高橋ばかりを、責めた。なんて鈍い奴。なんてひどい奴。ちっとも人の気持ちにも気付かないで、勝手気儘に人の気持ちを揺さぶる。
 そんな高橋をずるいと、思った。
 だけど私に高橋に好きになってもらえる要素があるのだろうかって、思って愕然とする。
 こんな私を好きになってほしいなんておこがましいかもしれない。
 私だったらこんな面倒な女は願い下げ。
 私こそが勝手気儘に不機嫌になって、怒っている。それなのに高橋は何時も、奴自身にちっとも――とは言い切らないけど、でも悪い所なんて無いのに、何時も下手に出てくれる。何だかんだ言いながら私の気持ちを汲んで、頭を下げてくれる。例え私が何を不満に思っているのか分からなくても、「ごめん」と言ってくれる。
 ――私は、高橋に好きになってもらえるような努力を本当の意味で出来ていただろうか。バレンタインに一人だけ趣向を凝らしたケーキをあげてみても、学校をさぼってまで試合の応援に行ってみたりしても、高橋の好きなNBAの選手をチェックしてみても、それを録画していても、全部全部自己満足の域を出ない。
 だって高橋からしてみたら、それは何ら特別な事でないかもしれない。高橋にとってはどれも、仲の良い友達として認識されてしまう事かもしれない。
 告白しなければ鈍いあいつには伝わらないのだろう。
 だから高橋が、お互いの利害の為に付き合おうなんて提案をしてきても仕方が無いのだろう。それを妙案だと考えてもおかしくない。
 むしろその相手に選んでくれただけでも、僥倖だ。
 恋人役なんて私がやらなくても、きっと喜んで勤めてくれる人が高橋の側には一杯いる。そうやって周りのミーハーな女の子を退ける事なんて、高橋には簡単に出来る筈だ。
 私が同じように困っているからなのだとしても、それは感謝してこそあんな風に罵倒していいことじゃない。
 高橋は、こんな私を呆れているかもしれない。気の合う友達としても、付き合いきれないと考えているかもしれない。
 唐突に浮かんだ思いだったけれど、そう思い至ってしまえば急激に不安が襲ってきた。
 高橋が私をどう思っているかなんて、全然考えた事が無かった。何時も何時も、自分の気持ちが最優先で、その気持ちを高橋はちっとも気付きもしないし考えてもいないんだろうなんて思って、勝手に傷付いて苦しんで怒って。
 こんな私を高橋がどう思うかなんて全然考えた事が無かった。
 授業が進んでいく中で、私はそれが怖くなってしまった。
 お昼に顔を合わせた時、絶対あんな奴無視してやるなんて思っていたけれど、高橋の方に無視されたらどうしたらいいのだろう。もういい、面倒臭い、付き合いきれない。もしそんな風に思われてしまっていたら。
 刻々と近付いていくお昼の時間が、恐くなった。

 ――そんな感情が、表情に浮かんでしまっていたのだろう。

 二時限が終わっての休憩時間。
 私の席の前に移動してきた羽田が、後ろ向きに椅子に跨った羽田がチョコレートの包みを開けながら言う。
「菅野さぁ、何があったの」
 問い掛け、というよりは確認。勘の良い彼女には隠し事は出来ないんだろうな、とは思いつつも、何時も言葉にしないことはスルーしてくれる気遣いもある羽田から、直接聞かれるとは思ってもみなかった。一瞬何が、と聞きそうになって眉根を寄せる。
 この友人は、気がつけば何時も何かしら間食をしている。運動部だからお腹が空くんだなどと言っているけど、そういうのは関係無い気がする。授業中に早弁をしている姿も珍しく無い。どれだけ食べても太る様子の無い彼女が時々無性に羨ましくなる。
 無言を貫く私を、羽田が瞳だけで見上げてきた。
 ドラえもんの四次元ポケットのような羽田のブレザーのポケットから、チョコレートが2、3個出てくる。それを躊躇いも無く開いて、口に放り込んでいる。
 合間に長くなってきた前髪を煩わしげに掻き揚げて、もう一度聞いてくる。
「何があったの」
「別に」
堅い声ですぐさま言い返せば、苦笑。
「ま、言いたくないならいいけどさ」
 どうせ高橋の事だろうし、と呟く羽田を前に、唇を尖らせた。それをわざわざ口にするから、この羽田という友人は厄介だ。
「何もないよ」
「高橋もねぇ、朝練の間変な顔してたよずっと」
「……高橋観察なんてしてないで、ちゃんと部活に集中しなさいよ」
「やだよ。アタシの楽しみだもん」
 人間観察が趣味、と豪語する羽田は最近になって私と高橋観察が今一番の関心事だよ、等と言ってのけた。ちっとも悪びれない態度で、それを私本人に言う所が彼女の変わり者たる所以だった。
「……変な顔って、不機嫌だったとか、怒ってる、とか?」
 一度は流す気でいたのだけど、やっぱり高橋の話となれば気になってしまう。聞いてしまってからしまったと思っても、もう遅い。
「そーゆんじゃなくて、何か集中力に欠けておりましたね。今日のあんたと同じでそわそわしてるっていうかね」
「別に、そわそわなんて、」
「アンタが高橋を怒らすとか珍しいやね」
 人の言葉を遮って、どんどん確信に近付こうとする羽田。
「何時も怒るのはアンタの専売特許なのに」
「そんな事、ない」
「いーや、あるよ。まあ大抵高橋の不用意な言動が悪いんだけど。アンタ何したの? 殴った? 蹴った?」
「そんな事するわけないでしょー!」
 突拍子も無い。無さ過ぎる。
「じゃ、何したの」
 なのに、羽田の言葉はどんどん私を追い詰める。ああ、力一杯否定したおかげで、私が何か仕出かした事だけはバレた。
「……そういう誘導尋問やめてくれる?」
 悔しくなって仏頂面を作れば、羽田は楽しそうに笑った。それも悪代官のような、含んだようなあくどい笑顔だ。
「それは佐久間の専売特許でしょ?」
「確かに」
 背後からかかった声に、私の背が震えた。


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