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No.37
2009/12/02 (Wed) 02:24:43


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 アーノンが戻ったのはヴィエリが退席した直後だった。恐ろしく良いタイミングで戻ったアーノンは、ヴィエリの姿と共に伝票が消えている事に気付いても、それには言及しなかった。
 おそらく何所かで二人の様子を窺ってでも居たのだろう。
 ニコルの隣に戻るなり水差しからコップに水を移し、一気に飲み干す。
「電話は済んだのか」
 嫌味のつもりでニコルが言えば、アーノンは鼻を鳴らして、身体を背凭れに沈めた。
「まあね」
 悪びれない態度を返され、ため息が出てしまう。そうなのだ。これが片割れのルーカであったなら異様な程動揺するか不自然な言い訳をするのだろうが、アーノンという男はちっとも気にかけない。
 ちろり、と横目でニコルを見て、退屈そうに欠伸を漏らす。
「俺らも帰ろうぜ」
 ヴィエリの奢りだったからか、アーノンはたらふく飲んで食った。対してニコルはそれなりに留めた。大食らいである自分を自覚しているからこそ、腹八分目どころか三分目程度で終わらせてしまっていた。
 どうせならしっかり食事を取りたい気分なのだが、アーノンはすっかり帰る気満々で、すでに席を立ってしまっている。
 もう一度ため息をついてから、ニコルも立ち上がる。
 仕方ないので帰宅してから早い夕飯にでもするか、と疲れるだけで終わっていく休日を心中で嘆いた。


 アーノンを無事家まで送り自身のアパートに帰り着いてから、ニコルは帰りがけに買って来た食材を冷蔵庫に詰め込んだ。
 けれど料理をする気にもなれず、どっかりとソファに座り込んでしまう。
 もそもそと羽織っていた上着を脱いで、傍らに放る。
 缶ビールのプルタブを開けて、喉を湿らせてから大きく吐息を漏らす。
 今日は一体なんだったのだろう、と改めて思う。ヴィエリの様子を見る限り、ニコルという偽彼氏の存在など必要無かっただろう。アーノンがどんなシナリオを描いているのかはニコルにはさっぱり分からないが、ヴィエリの言を思い出せす程に、それがちっとも的を得ていない気がした。
 つまみのチーズを包みから出して口に放り込む。
 咀嚼しながら、思考の海に沈んでしまう。
 考えても仕方が無い事、自分には考え及ばない事、とは思いながらも、気になるのだからしょうがない。
 一度気になってしまえば、関わってしまえば、途中で放り投げる事が出来ない性分だった。
 アーノンにとってヴィエリは一体何なのだろう。
 ヴィエリにとってアーノンは、何なのだろう。
 考えても答えは出ない。自分は明らかに部外者で、二人の過去なんざ知りもしない。
 ただ、奇妙だなとは思う。
 ニコルはニコルなりに、事態を整理してみた。
 アーノンとルーカが幼少期に男娼をしていた、という事は、リストランテのスタッフ全員が知る事であり、当人も隠している様子は無い。今でさえ二人の恋人は男性であるのが常だし、人の性癖をどうこう言う程了見の狭い人間は周りに居なかった。あれだけの美貌の主だから、男女共に恋愛の対象にされてもさもありなん、で納得が出来てしまう。
 マフィアの子飼いとしてそんな生活を送っていた双子が、どうやってリストランテのオーナー、フレンツォとであったかという仔細をニコルは知らない。フレンツォが二人の客であった、という話では無いという認識はしている。大方彼の実家の事業で関わったのではないか、と思う。
 一応ロッティ家の養子、としてロッティの名を名乗る双子は、マフィアと縁を切ってフレンツォの支援を受けて義務教育を受けた後ソムリエ養成学校を卒業し、リストランテに勤めて今に至る。
 ヴィエリはアーノンが男娼をしていた頃の客、という。
 アーノンがあそこまでの嫌悪を見せるのは、別段珍しい事では無い。そりが合わない相手はとことんで、リストランテで働いている間は穏やかな笑顔を絶やさない彼が、そこを離れると豹変するのを知っている。嫌なものは嫌、嫌いなものは嫌い、自分を中心に世界が廻っているとでも思っているのではないかと不思議になるほど、唯我独尊的で我儘で、しかしそれが許容されてしまう程の魅力を持っている。
 ――話が脱線している事に気付いて、ニコルは咳払いで思考を戻した。
 そんなアーノンだからこそ、ヴィエリへの嫌悪はさもありなん。
 ニコルにとっては言う程酷い相手だとは思えなかったヴィエリだが、アーノンにとっては感ずる所があるのだろう。
 そんな相手が自分にありえない程の執着を見せ、何を言っても頓着しないとあれば不機嫌にもなるし煩わしいのだとは分かる。
 分かるのだが。
 常のアーノンであれば、それだからこそ、相手の望みを叶えて縁を切ろうとするのでは無いだろうか。
 過去に似たようなケースがあった。仕事中のアーノンの微笑みに釣られてストーカーと化した独身中年。気付けば物陰からそっとアーノンを見つめていたり、ロッティの屋敷に毎日のように薔薇の花束とカードを贈ってきたり、その頃アーノンと付き合っていた彼氏のアパートを深夜に訪れてはひたすらにピンポンダッシュを繰り返したり、盗撮した写真を肌身離さず持ち歩いていたり――半月程で堪忍袋が切れたアーノンは一月付き合う事を条件に話をつけた。アーノンに骨抜きにされた男はそれから程なくして飼い犬のように従順になり、一月付き合った後は彼の舎弟のようにアーノンの言う事を「はいはい」と言って聞くようになった。今でもアーノンが呼び出せば一にもニにも無くすっ飛んで、それこそアッシーだろうが喜んでこなすだろう。とはいえそいつは、アーノンが「俺の前に二度と顔を出すな。むしろ国を出て行け」という命令を忠実に守って、今は異国の地で暮らしているぐらいだ。
 そんなアーノンなのに、ヴィエリに対しては頑なな程、無意味な言動と行動を繰り返している、と思う。
 アーノンの態度などどこ吹く風であるのに、ただ感情を言葉にする。嫌いだ、近寄るな、寝るつもりは無い。そんな事を言ってもちっとも傷付く様子の無いヴィエリは、だからどうしたとそんな風で。
 アーノンに彼氏が居ようが、自分をどう思っていようが、ただアーノンが好きなのだと主張するヴィエリもヴィエリで良く分からない。
 好きだと言いながらアーノンの気持ちなど無視で、抱きたいといいながらそれでも無理矢理行動を起こすわけでもない。好きになってもらえないのは知っている、抱けないのは知っている、それでもただそれを言葉にして吐露する。
 気持ちが悪い程の執着心を持ちながらも、それがちっとも行動に反映していない。ではその執着心が見せ掛けかと言われれば、答えはノーだ。
 臆面も無く初恋だ、今でも愛しているのだと言うヴィエリ。
 アーノンが昔と変わらず孤独だから、幸せになって欲しい。そんなニコルにとっては不可思議な言動を吐いたヴィエリ。
 その二つに嘘は無かった。
 なのにそんなアーノンの現状を打破するのは、自分では無いのだと。
 そう言って自嘲したヴィエリは、では何がしたくて、アーノンの前に現われたというのだろう。
 ヴィエリの気持ちは分かった。
 けれどちっとも理解出来ないのだ。
 ニコルにとってアーノンはけして孤独でも不幸でもなかった。本人がそれを内に秘めているようにも思わない。
 ――ああ、そういえば。
 奇妙な事はもう一つあった。
 ニコルの頭の中で、昼間のヴィエリの言動が思い起こされる。
 アーノンが自分自身から逃げている、とそんな意味不明な事を言った後。
 確かヴィエリはこうも言ったのだ。
「その原因が、自分達にあるから尚更」
 ただの男娼と客である筈。それが何故そこまでアーノンの人生に関わる事があるのだろう。
 そして達、というからには、ヴィエリ以外に少なくとも一人、原因があるという事で。それが一体誰で、何があってそこまでの境地に達したのか。
 ヴィエリの知る過去に、何があったというのか。
 それはまるで喉に痞える魚の小骨のように、ニコルの関心を浚うのだ。けして消えない違和感となって、ニコルの心に巣食うのだ。
 ヴィエリの馬鹿な妄想だと、笑い飛ばしてしまえれば良かった。
 けれど彼の真剣な瞳が、翳った表情が、ただ奇妙な違和感としてニコルを苛む。
 一体自分は、何に巻き込まれているのだろう。
 温くなった缶ビールを両手で握り、ニコルはただ思考の闇に身を投じていた。

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