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No.260
2012/04/16 (Mon) 20:36:11


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 クレイジードッグ。
 そう呼ばれるようになって、どれだけの時間が経っただろうか。
 クラウスには時間の経過などどうでも良い事だったが、この頃、この生き方に物足りなさを感じていた。
 人を殴るのは、そして恐怖に凍りついた顔を見るのは、今でもこの上ない幸せだった。そこにある充足感と高揚感は、他では感じられない。
 ――けれど。
 時々、夢の中で、決別した過去が蘇る。
 そして目覚めた瞬間に感じる痛みを、クラウスはどうする事も出来ないで居た。

 少し背が伸びただろうか。関節が軋む様な感覚がままあるから、成長期なのかもしれない。
 腕を伸ばして、確かに何と無く骨ばった印象があるな、とクラウスはまるで他人事の様に思った。
 握り拳を解いて掌を見つめてみる。
 生命線が長いわね、と笑う声が聞こえた気がして、クラウスは僅かに頬を緩めた。
 しかし次の瞬間、跳ねるようにして飛び退いた。
 踵に力を入れて身を捻る。眼前を銃弾が飛び過ぎた。
「へぇ、クレイジードッグって本当に子供なんだ」
 クラウスの瞳がねめつける先に、短銃を構えた迷彩服の男が居た。同じような屈強な男を従えて、迷彩服は片眉をあげる。
 クラウスはその男に迫りかけたが、背後の一人がマシンガンを担いでいるのを見て、躊躇した。
 一様に黒いバンダナを頭に巻いた男達は、その数5人。けして多い、とは言わないが、纏う気配は軍人に近かった。
 距離を詰めれば蜂の巣になるのは目に見えていた。
 一定の距離を保っていれば、ラピスラズリ患者のクラウスには逃走くらいは簡単に出来た。
 じり、と足先で砂が鳴る。
 相手が軍人であるのなら、近寄らない方が身の為だ。
 少数で動いていたとしても、近くに本隊が居る筈である。下手に衝突して追われるのは御免だった。
 クラウスの愛すべき戦場は、クラウスにとっての狩場なのだ。逃げ惑う相手を追う事にこそ意味がある。
「そう威嚇しなさんな」
 迷彩服は犬歯を剥き出して唸ったクラウスを揶揄するように笑い、構えていた短銃をぽいと放ると両手を上げた。所謂降参のポーズだ。
「いいか?」
 それから背後の四人にも同じ様に得物を捨てるように促し、再度クラウスを見る。
 しかし見える武器を捨てた所で、他に何も持っていないわけでは無いだろう。
 クラウスは男の意図を図りかねて、その表情を窺った。
「……キミの噂は良く聞くよ。若い身空でよくもまあ生き抜いているもんだ」
 訛りのある英語だったが、聞き取りやすい声が言う。
「それに敬意を表して、この度キミをスカウトしに来た」
「スカウトだぁ?」
 わざとイタリア語で聞き返したが、迷彩服は事も無げにイタリア語で返事をする。
「ああ、キミそっちの出身か。ふん? 随分遠くまで来たもんだねぇ」
 なぁ? と背後に同意を求めれば、仲間もしたり顔で頷く。とすれば、全員イタリア語に明るいのだろう。
 益々奇妙な一団だ、と、クラウスは心中で思った。
 先頭が欧米風の顔立ちなのに対して、一人は黒人で、一人は東洋人、残りの二人は判別がつかない。細身の男は見事な金髪だが始終俯いたままで、もう一人はクラウスと変わらない背丈の子供に見えた。
「そう警戒する事は無いさ。俺達はキミを殺す理由を持たない」
「……撃ち殺そうとしておいて良く言う」
「避けたじゃないか」
人の眉間を狙って二発も銃をぶっ放しておきながら、何を言う。
「というか、あれを避けたからこそ、もう殺す必要は無いんだな。有用な人材を無駄にする程酔狂じゃないんでね」
 そのおどけた口調に、クラウスの中で何かが弾けた。
 沸騰した脳内で、獣が叫ぶ。
 もう何もかもがどうでもいい。コイツラが軍人だろうと何者だろうと自分が死のうと――コイツの血を見ないと治まらない。
 地を駆った自分の拳が届くのが先か、相手が得物を構えるのが先か――しかしクラウスの予想とは異なり、五人は動かない。迷彩服はにやけた面のまま、しなったクラウスの拳を追うように視線を動かし――難も無く、掌で受け止めた。
 クラウスの拳は、既に凶器と化している。一発で骨を粉砕する威力は、しかし完璧に殺されていた。
「ひゅう~」
 と、黒人が口笛を吹くのが目の端に映った。
 その顔が、回転する。
 ドサッという衝撃と共に眼前に空の色が映り、砂塵が舞ってやっと、クラウスは自分が投げ倒されたのだと知った。
 それでもすぐさま跳ね起き――迷彩服の唇から迸った笑い声に、振りかざした拳を、男の顔の前で止めた。

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