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No.78
2010/03/09 (Tue) 00:01:26


全く関係の無い第三者から見た、高橋健という人。

 わたしは、内気で気弱で、コンプレックスの塊だ。何もかも自信が無くて、人の目ばかり気になって、言いたい事の半分も口に出せない。
 昔からそうだった。何を言っても怒られそうで、嫌われそうで、人の顔色ばっかり窺っていて、言葉を濁して笑っていれば大抵の事はどうにかなったけれど、それは虚しくって、人間関係も上っ面ばっかり。
 それが嫌でたまらなくて、でもどうする事も出来なくて。

 そんなわたしだから、多分、あの人に惹かれた。憧れた対象が男の子だったから、それが恋愛感情に直結したんだと思う。

「早苗、またケンの事見てるー」
 と。友達の美香のからかい混じりの言葉を受けて、わたしははっとした。慌てて否定しようとする前に、ルイが話に入る。
「またぁ?」
 にこにこ、とかニヤニヤ、とかそんな生易しいものじゃなくて、明らかに侮蔑の篭った視線を受けて、わたしは下を向いてしまう。
「違う、そんなんじゃ……」
「いい加減、諦めなさいよねぇ」
 あんたじゃ釣り合わないんだからさ、と容赦の無い笑い声。
 何時も行動を共にしているクラスメイトの美香とルイは、ギャル系の女の子。お洒落が大好きで、自分に自信があって、何にも物怖じしないクラスでも目立つタイプ。
 中学から仲の良いという二人は、入学当初友達を作れずにいたわたしをグループに誘ってくれた。それはとても嬉しかったのだけど、明らかにわたしとはタイプが違う。話の内容も洗練されていて流行に敏感で、わたしは付いていくのがやっとだ。
 半年も経った頃、わたしは彼女達の中での自分の立ち位置というのを悟った。パシリ、とは言わない。引き立て役、とまでも言わない。だけどあきらかに格下だと馬鹿にされている。
 そう思ってしまうだけかもしれない。
 彼女達は明け透けで言葉に容赦が無いから、わたしの鈍さを「グズ」と呼んだり、内気さを「暗い」と笑ったり。
 意図して言っているわけでは無くても、わたしは傷ついてしまう。
 傷ついても、何も言えずに笑ってる。「酷いなぁ」って笑っていれば、済んでしまう。
 けどそうしていたらいつの間にか、クラスの皆がわたしに対して彼女達同様の態度を取るようになった。
 でも、しょうがないと思う。
 しょうがない、と。
 自分が悪いんだからって。
 そう感じながらも、心の中で彼女達を非難しているのだ。
「大体、ケンがあんたなんか相手にするわけないんだからさ。あたしらだって、駄目なのに」
 身の程知らず、と真っ向からの瞳に言われているようだ。
「だから、あんたに似合った男、紹介してあげるわよー」
「三組の遠野とかいいんじゃない? ネクラメガネの」
「あたしだったら絶対パスー」
 何が楽しいのか分からない会話。見た目で人を判断して、こき下ろして、自分が優位に立とうとして、浅はかでみっともない。嫌な会話。
 そう思いながら言えないから、
「えへへへ」
って、意味もなく笑っている。
 相手にされていない、なんて分かっている。
 でもそれは美香もルイも一緒。立場は同じじゃないって、むかっときて浮かんだ言葉を口に出せない。

 わたし達が話題に上げている相手は、高橋健という同級生の男の子。バスケ部の期待の新人で、格好良くって、学年一モテルと言われている男子だ。
 なのだけど、女の子に興味がなくって、冷たい。態度はつっけんどんで、無意味に人を睨んで威嚇しているようでもある。
 わたしとしては、怖くて近寄りたくない人だった。どうせ釣り合わないなんて事は分かっているし、それ以上に、見た目にコンプレックスを持っているわたしからしたら、モテルからって調子に乗っていて、偉そうで、嫌な人っていう勝手なイメージを植えつけていた。
 見た目で人を判断しないで、って心の中で訴えている自分が一番、相手に対してもそうだった。
 モテル=自分が優位だと思っている、だとか。目立つ人=わたしをバカにしている人、とか。格好良い=わたしとは世界の違う人、とか。
 そうやって意識しているからこそ、彼が人目を引くとか以前に、わたしの目も自然に彼に向かってしまう。
 だからこの時までは、本当に。恋愛感情抜きに――そう、羨ましくって妬ましくって、目がいってしまっていたのだと思う。

 だけどひょんな事から。

 高橋君に対してのイメージが変わった。



 用があるから代わりに、と押し付けられたクラス全員の提出物。当番の女子は明らかに、ただ面倒だったのだと思うけど、断れなくって「いいよ」なんて言ってしまったわたし。たかが職員室に届けて帰ってくるだけなのに、なんて受け取ってしまってから思っても仕方が無いからため息しか出ない。
 たかがプリント用紙、全員分といってもそう重いものではない。だけどそれがとても重く感じてしまうのは、気分故だろうか。
 とぼとぼ、廊下を歩むわたしの足は普段以上にのろい。
 無駄に廊下の端っこを歩いてしまうのも、視線を俯かせて歩いているのも、気弱さ。何時もの事。こんなちょっとの事でも、自分の情けなさが嫌になってしまう。
 きゃははは、とどこかの教室からは明るい女子生徒の笑い声。何がそんなに楽しいのだろう。わたしは何時からあんな風に笑ってないだろう。
 そんな事にもため息。
 窓の外に視線をやれば、空は快晴。朗らかな秋の空。わたしの心は憂鬱なのに、憎らしい程綺麗に澄んだ空。
 そんなどうしようもない事にもため息。
 暗い気持ちで階段を降りていると、逆に上ってくる男子生徒の集団。
 話しているのは他愛も無いゲームの話なのに、これもまた楽しそうで羨ましい。肩を叩き合ったり、小突きあったり、からかったり。わたしと美香達も同じ様な行動を取っているのに、彼らはとても自然だ。
 そんな彼らが幅を取って上ってくるから、もっと端に寄って歩いてよ、とか、妬み半分思ってしまう。
 思っても口に出す所か顔にも出せないから、俯いた顔をさらに下に向けて、わたしは出来るだけ端に寄る。それこそカニ歩きをするような形。
 そんな不自然な格好だったからか、斜めになった腕の中からプリントが落ちてしまった。
 ばらばらと階段を滑り降りていくそれを見て、声も無く固まってしまう。
 ああ、ついてない。
 ついてない、ついてない、ついてない。
 当然の様に誰も手伝ってもくれない。あーあ、なんて今しがた通り過ぎて言った男子達のあきれた声が背後に聞こえる。
 もしこれがルイや美香だったら、別に当たったわけじゃないけど彼らのせいにして怒って手伝わせそうだな、とか。
 わたしがもう少し可愛ければ、社交的であれば――綺麗だと噂の菅野さんだったら、頼んでもいないのにあっちから手伝ってくれるんだろうなとか。
 そんな埒の無い事を考えてまた憂鬱になっている自分が嫌になりながら、わたしは慌ててプリントを拾い出す。
 上ってくる人、降りていく人は迷惑そうな顔。あからさまに舌打ちしてくる人には泣きそうになる。
「すみません」
謝る声すら小さくて、か細くて、こんな事すら躊躇ってしまう自分が嫌。
 常に自分の行動を後悔している日常。
「日下部、お前ら手伝えや」
 ふいに、視界に無骨な手が映る。紺地の学生服の袖、その先の指が、落ちたプリントを拾う。
「あー?」
 予想外の展開に思わず顔を上げると、素早くプリントを集めてくれている男子生徒の姿。
「俺ら、当たってねぇよ?」
 下方の高橋君が、階段上、恐らく先程の男子集団の一人と話している。
「おめぇらが広がって歩いてっからだろーが」
「えぇ~?」
「いいから拾え」
 唖然とするわたしを無視して、交わされる言葉。無駄に響く声。
 何かモメ事とでも思ったのか、不思議そうな視線が集中しているのが分かる。
 文句を言いながらも高橋君に促されるようにして、男子集団がプリントを拾い出す。わたしもはっとしてプリント集めを再開すると、程なくして全て回収し終わった。
 信じられない気持ちでいるとわたしの腕に高橋君が皆から集めたプリントを乗せてくれる。
「ほら」
と、素っ気無いそれに、言葉を発する前に高橋君は傍らを通り過ぎてしまう。
 日下部という名前らしい友人と何事かを話しながら、何事もなかったかのように行ってしまう。
 ありがとう、そんな一言すら喉に引っ掛かる。
 口をぱくつかせている間に、その背中は階段を上り終え、左折して壁の向こうに消えてしまう。
 一度もこちらを見なかった、というか、恐らくわたしが視線を無理に外していたせいもあるのだろうけど、あっけない程のその一瞬。

 そんな些細な、けれどわたしにとっては奇跡に近いその行動一つで、高橋君のイメージは変わった。




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